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集団討論------------------
グループディスカッションとも言いますか.
公務員試験でも,多く取り入れられています.技術職といえど,住民協働の時代においてコミュニケーション応力は必要不可欠な能力だからです.
受験生は6人程度.
面接官は5人程度.面接官の前に半円形に座り,討論する.
(このスタイルは自治体によって違う.)

私が受けた自治体では,こういう座り方でした.面接官からの視線をかなり意識してしまう(意識せざるをえない)配置で,結構動揺しました.
あらかじめ知ってると心の準備ができやすいだろうけど・・・.
緊迫した雰囲気で「えっ!?」という予想外の事態は動揺を大きくするよね・・.
●集団討論とは
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●
集団討論とは
何をするのかというと,
提示された問題に対して,討論し,結果を発表する.
集団討論とは・・・
発言や議論の進め方などを見て評価する手法.他者との関係をどう構築するかや,テーマへの参加に対する積極性,あるいは他者の意見を汲み取る理解力などが観察される.
引用wikipedia"面接"より
こういうの苦手な人にとっては,もうホントに嫌な試験だと思います.私も大嫌いです.
●
論題
論題においては,2次試験案内などで
あらかじめ知らされるものと,
当日開始直前に発表されるものとある.
--私が受けた県・19年上級2次(最終)--
論題「赤ちゃんポストについて」(
事前出題…1次の合格発表とともにテーマの記された紙が同封)
事前に論題が提示されている場合,それは
討論するためには背景や現状を十分に知っておく必要がある論題であることが予想される.
事前に受験者がどれだけ調べてきたか,考えをまとめてきたかがモロに出る.
もちろん自由研究の発表会ではないので,知識があるだけではどうにもならないが,知らないよりは
自分の意見に幅が出るし,
説得力も増すことは間違いない.
そもそも事前出題は非常に受験生にとってはありがたい制度だと思う.
少なくとも討論をする仲間たちは,それぞれにある程度の予備知識と討論に対する方向性を固めてきているはずである.
個々が確固たる現状認識と意見を持っていれば討論はおのずと白熱する.
まぁそれでも空気読めない人が引っ掻き回してくれるのが集団討論のおもしろいところなんだけど・・・
--京都市19年上級2次(最終)--
論題「マナーについて」 (
当日出題…討論会場に着席後,始めてテーマが明かされる)
当日,集団討論会場に入ってから論題が発表される場合,いわゆる一般論や日常生活の中での話題を論題にするものが多いようです.
テーマ自体は非常に簡潔で,話しやすいものが多そう.それだけに各個人の考え方や性格がモロに出てしまって,柔軟な流れが保てるかどうか・・・
●どう進めるべきか
集団討論については,「どうふるまったらいい」とか「どういう行動が一番点数がいいか」などという型が存在しない.
すべて「流れの中で流れに乗って的確な発言ができてるか」のただ一点だと思います.
最近は,とてもいい言葉がはやってますね.
「
空気読めてたか」,これに尽きるのではないでしょうか.
●
何が目的か
集団討論の最終目的はなんでしょう.
「
グループとしてひとつの結論を導くこと」です.
意見交換会ではないのです.
結論を導くために,
論題を掘り下げ,筋の通った結論を得るために議論をするわけです.
筋が通らないからこそ反対意見が発生するわけで,筋を通すためにそれらの矛盾点を議論によって認識していかねばなりません.
反対意見を潰すことは不可能である.それをしようとすると,討論は崩壊する.
議題に揚げられるものは,答えの無い問題ばかりだからである.たとえば
・赤ちゃんポストの存在は「命を救う」という点においては賛成である.
・安易な育児放棄を助長しかねない制度で,根本的な解決にはならない.反対.
この2点は両方とも正しい意見だと思う.
ここで誰かが,「いや命は地球よりも重い.だから赤ちゃんポストは必要」なんて小学校の学級会みたいなことを言い出すと悲惨である.
「根本的な解決とはどういうことか」という方向に踏み出せれば,
対立意見から新たな議論を見出すことが出来る.さきほどの例を引き継げば,
・では育児放棄とはどういう状況で生み出されているのか.
→現代社会が抱えている問題点?
議論が進むほど,新たな問題点が出てくるから,これらをクリアしていきながら,なおかつ
本筋を見失わないこと,これが全員できればバッチリかと(そうそううまくはいかないw)
●司会者の功罪
私が受けた討論では,「司会を置くか置かないかはみなさんにお任せします.必ず司会が進行役をしないといけないというわけではありません.」と最初に案内を受けた.
司会は諸刃の剣です.
そりゃ,すばらしい仕切りっぷりで見事一致団結して結論に導いた,っていうのなら話は別ですが.
自ら司会を名乗り出るっていう
でしゃばりもとい,勇気は評価されてしかるべきでしょうが,一朝一夕にそんな簡単に司会なんて出来るもんでしょうか?
みんなの意見を把握しながら,残り時間を鑑み,議論を誘導する?
司会者も私たちと同じ同年代の若者です.たとえ多少の社会経験があったとしても,この場全員の命運を託すには不安すぎます.
ここで視点を変えて・・・そもそも,
↑のような考えがちょっと違ってるのでしょうね.
想像してください.極度の緊張の中,誰も第一声を発せないでいる.
その中で,「あー,では誰もいなければ,私が進行させていただいてもよろしいでしょうか」とくれば,誰もが胸を撫で下ろすはずである.
よく言った!お前は偉い!となるもんですw
しかし,結局司会者も,さっきも書きましたが,私たちと同じ受験生の1人なのです.一体彼に私たちより大きなどんな能力があるというのでしょう.
先ほどの第一声を発するためのわずかの勇気を除いて.
●
司会者も「ただの」受験者の1人
よくある失敗に,第一声を発した誇るべき勇気を持ったその
司会者に全てを託してしまうということがあります.
議論が行き詰ったとき,司会者に何かを求めて全員がダンマリを決め込んでしまう・・.
さすがにここまではないと思いますが,
司会者1人ができることなんて限られています.
私たち
全員で司会者をフォローし,盛り立てつつ議論の方向を誘導することも大切です.
よく「司会者に立候補したヤツが最悪でさー」という話を聞きますが,それは司会者だけの責任でなく,司会者任せにしてしまった全員の結果でもあるのではないでしょうか.
リンク集.色々な合格者の体験を知ってください.
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集団討論とは
何をするのかというと,
提示された問題に対して,討論し,結果を発表する.
集団討論とは・・・
発言や議論の進め方などを見て評価する手法.他者との関係をどう構築するかや,テーマへの参加に対する積極性,あるいは他者の意見を汲み取る理解力などが観察される.
引用wikipedia"面接"より
こういうの苦手な人にとっては,もうホントに嫌な試験だと思います.私も大嫌いです.
●
論題
論題においては,2次試験案内などで
あらかじめ知らされるものと,
当日開始直前に発表されるものとある.
--私が受けた県・19年上級2次(最終)--
論題「赤ちゃんポストについて」(
事前出題…1次の合格発表とともにテーマの記された紙が同封)
事前に論題が提示されている場合,それは
討論するためには背景や現状を十分に知っておく必要がある論題であることが予想される.
事前に受験者がどれだけ調べてきたか,考えをまとめてきたかがモロに出る.
もちろん自由研究の発表会ではないので,知識があるだけではどうにもならないが,知らないよりは
自分の意見に幅が出るし,
説得力も増すことは間違いない.
そもそも事前出題は非常に受験生にとってはありがたい制度だと思う.
少なくとも討論をする仲間たちは,それぞれにある程度の予備知識と討論に対する方向性を固めてきているはずである.
個々が確固たる現状認識と意見を持っていれば討論はおのずと白熱する.
まぁそれでも空気読めない人が引っ掻き回してくれるのが集団討論のおもしろいところなんだけど・・・
--京都市19年上級2次(最終)--
論題「マナーについて」 (
当日出題…討論会場に着席後,始めてテーマが明かされる)
当日,集団討論会場に入ってから論題が発表される場合,いわゆる一般論や日常生活の中での話題を論題にするものが多いようです.
テーマ自体は非常に簡潔で,話しやすいものが多そう.それだけに各個人の考え方や性格がモロに出てしまって,柔軟な流れが保てるかどうか・・・
●どう進めるべきか
集団討論については,「どうふるまったらいい」とか「どういう行動が一番点数がいいか」などという型が存在しない.
すべて「流れの中で流れに乗って的確な発言ができてるか」のただ一点だと思います.
最近は,とてもいい言葉がはやってますね.
「
空気読めてたか」,これに尽きるのではないでしょうか.
●
何が目的か
集団討論の最終目的はなんでしょう.
「
グループとしてひとつの結論を導くこと」です.
意見交換会ではないのです.
結論を導くために,
論題を掘り下げ,筋の通った結論を得るために議論をするわけです.
筋が通らないからこそ反対意見が発生するわけで,筋を通すためにそれらの矛盾点を議論によって認識していかねばなりません.
反対意見を潰すことは不可能である.それをしようとすると,討論は崩壊する.
議題に揚げられるものは,答えの無い問題ばかりだからである.たとえば
・赤ちゃんポストの存在は「命を救う」という点においては賛成である.
・安易な育児放棄を助長しかねない制度で,根本的な解決にはならない.反対.
この2点は両方とも正しい意見だと思う.
ここで誰かが,「いや命は地球よりも重い.だから赤ちゃんポストは必要」なんて小学校の学級会みたいなことを言い出すと悲惨である.
「根本的な解決とはどういうことか」という方向に踏み出せれば,
対立意見から新たな議論を見出すことが出来る.さきほどの例を引き継げば,
・では育児放棄とはどういう状況で生み出されているのか.
→現代社会が抱えている問題点?
議論が進むほど,新たな問題点が出てくるから,これらをクリアしていきながら,なおかつ
本筋を見失わないこと,これが全員できればバッチリかと(そうそううまくはいかないw)
●司会者の功罪
私が受けた討論では,「司会を置くか置かないかはみなさんにお任せします.必ず司会が進行役をしないといけないというわけではありません.」と最初に案内を受けた.
司会は諸刃の剣です.
そりゃ,すばらしい仕切りっぷりで見事一致団結して結論に導いた,っていうのなら話は別ですが.
自ら司会を名乗り出るっていう
でしゃばりもとい,勇気は評価されてしかるべきでしょうが,一朝一夕にそんな簡単に司会なんて出来るもんでしょうか?
みんなの意見を把握しながら,残り時間を鑑み,議論を誘導する?
司会者も私たちと同じ同年代の若者です.たとえ多少の社会経験があったとしても,この場全員の命運を託すには不安すぎます.
ここで視点を変えて・・・そもそも,
↑のような考えがちょっと違ってるのでしょうね.
想像してください.極度の緊張の中,誰も第一声を発せないでいる.
その中で,「あー,では誰もいなければ,私が進行させていただいてもよろしいでしょうか」とくれば,誰もが胸を撫で下ろすはずである.
よく言った!お前は偉い!となるもんですw
しかし,結局司会者も,さっきも書きましたが,私たちと同じ受験生の1人なのです.一体彼に私たちより大きなどんな能力があるというのでしょう.
先ほどの第一声を発するためのわずかの勇気を除いて.
●
司会者も「ただの」受験者の1人
よくある失敗に,第一声を発した誇るべき勇気を持ったその
司会者に全てを託してしまうということがあります.
議論が行き詰ったとき,司会者に何かを求めて全員がダンマリを決め込んでしまう・・.
さすがにここまではないと思いますが,
司会者1人ができることなんて限られています.
私たち
全員で司会者をフォローし,盛り立てつつ議論の方向を誘導することも大切です.
よく「司会者に立候補したヤツが最悪でさー」という話を聞きますが,それは司会者だけの責任でなく,司会者任せにしてしまった全員の結果でもあるのではないでしょうか.
リンク集.色々な合格者の体験を知ってください.